創業者:狛文夫
創設者の狛 文夫(こま・ふみお)弁護士は、日本国及び米国ニューヨーク州の弁護士です。第一東京弁護士会に属しています。狛弁護士は、2016年3月末をもってベーカー・アンド・マッケンジ―法律事務所(旧東京青山・青木・狛法律事務所 ベーカー・アンド・マッケンジー(外国法特定共同)、以下「B&M」という)を辞め、翌日の4月1日に当事務所を登録し、創設しました。いろいろ考えた末、またいろいろな人々と話をした結果、最大級の事務所を辞めて、今までと異なる「小粒ながら山椒のごとき」事務所で再度法律実務をやることを決意したからには、頭の切り替えのためにも、まずは瞬間的にでも、最小単位の法律事務所から始めてみようと思い立ちました。
B&Mは、世界最大級のネットワークを有する外資系の法律事務所ですが、狛弁護士は、そのインターナショナル・パートナー(プリンシパル)として、東京のマネージング・コミティーの委員その他の内外の役職を勤め、また業務としても国の内外の商事取引、金融取引、知財取引、ホテル事業取引、フランチャイズ取引、放送権取引、不動産取引、M&A取引その他の多種のM&A取引等の取引ならびに諸国の独禁関連事件等を含む紛争・訴訟・行政・刑事手続等の幅広い分野の法律実務を取り扱ってきました。この間、国内及び英米のPL訴訟、国内及び米国の株主代表訴訟、株価決定手続、ワラント債の発行差止等の仮処分、シ団契約に関する訴訟、米国の証券法・銀行法等違反事件、その他会社訴訟・一般民事訴訟事件に携わりました。
2008年には狛弁護士の提案によりB&Mの独禁法部門を設立し、その後約8年間そのリーダーシップの下に、幅広く内外の米国・EU・中国その他のアジア諸国を含む世界のカルテル事件、内外の結合規制案件、内外の垂直規制案件、国際的コンプライアンス体制の構築案件を取り扱いました。その関係で、国内のみならず、米国・EUその他の諸外国で、行政、刑事及び民事手続に関係して参りました。独禁法に関連する同部門の構成員の努力とあいまって、昨年12月に発表された世界中の弁護士のランキングで有名な2016年版のLegal 500で、同部門は国際独禁法の分野で日本におけるFirst Tierのチームとして初めて最高の評価を受け、また狛弁護士も特筆すべき四名の同分野の専門家の一人として同年版以降、数年間連続して選ばれました。また狛弁護士は、もう一つの世界の弁護士ランキングで有名なチェンバーズ・アンド・パートナーの最新のランキング(2015年)でも、独禁法・競争法の分野で、日本におけるバンド1以上の弁護士として11名のうちの一人として名前をあげられております。こうした評価を受けることができるチームを作ることが同部門設立当初より狛弁護士の目標とし且つ努力してきたことでありますので、辞職直前(6ヶ月より前)にこれを達成できましたことは、同部門の仲間たちにとってはもちろん、同事務所を去る狛弁護士にとりましても、嬉しい花道となりました。
1977年に新人弁護士として「旧西村・小松・友常法律事務所」に入所して以来、同事務所の分割・合併等の再編成の結果として、小松・友常法律事務所、小松・狛法律事務所、あさひ・狛法律事務所等を経て、2007年4月1日に、B&Mに移籍しました。B&Mに移籍する前の変遷は、英米の一流の法律事務所と質量ともに負けない法律事務所を作ることを目指した結果でした。国内系の事務所にいた間もまたB&Mにいた間も、さまざまな分野のさまざまな国の絡む仕事をし、また様々な経営方法と経営に絡む諸問題に接することができましたことは、狛弁護士の大きな財産だと思っています。
これからの、世界の激変は、おそらくこれまでの40年間にあった波よりもさらに大きな波となって日本社会及び人類社会に襲ってくるものと考えています。法曹界も法律実務もその例外ではありません。これは狛弁護士の私事になりますが、狛弁護士は、できれば、これからの残された時間を、次代を担う若き法律家とそれぞれの分野で現在及び次代を担う依頼者と共に、実際の実務をこなす個々の案件の中で、またかかる個々のかかる案件を通して、依頼者の置かれる立場を真剣に把握しながら、激変する世界の中での次代の法律実務の方向性を考え、これを見出すことができれば望外の幸せと思っております。
以下、狛弁護士が関係し且つ取り扱った案件の主要な種類をあげておきました。狛弁護士とその時々にチームメイトであった同弁護士の先輩(師)、同僚及び後輩の人々が、それぞれ、その時々の時代の問題に挑戦しながら、内外の法律実務を遂行して来たことがお分かりいただけるものと思います。
・国内国外の株主代表訴訟事件
・米国アンチダンピング手続
・パナマ、リベリア、ケイマン諸島等の便宜置籍船の金融取引
・タックス・ヘイブン税務調査事件
・司法共助事件の証人尋問事件
・海外銀行共同名義の口座をめぐる紛争
・広告代理店国際ネットワーク構築
・オリンピック放送契約
・国際的な放送プラットフォームの合併
・外国の上場証券会社の買収
・海外・国内ホテルの買収・ホテル関係取引契約・海外ホテル関係訴訟事件
・日本法人の海外における代表訴訟(銀行・家電・自動車)
・日本法人の海外における金融法違反事件(銀行)
・国際的詐欺事件(内外の刑事・民事・行政手続)
・国内及び国際的PL訴訟事件
・国際的カルテル事件・国際的独禁法結合規制事件・国内談合・カルテル事件、コンプライアンス案件等
・外債発行・その他金融取引
・会社訴訟
・新株発行差止訴訟
・株価決定訴訟
・音楽著作権侵害事件
・ソブリン・ローン
・シ団契約違反事件
・海外石油プロジェクト契約及び紛争解決(イラン・クエート)
・米国環境問題訴訟
・銀行のM&A取引
これから、当事務所は、上記のような理念に賛同し、小振りの事務所でも、質の高い実務を希求し、依頼者のために尽力する、グローカルな普遍性と独立性と協調性とが適宜発揮できることを共に目指すことができるような仲間の参加を求めて行きます。然しながら、これからは、事務所組織を大きくすることではなく、広く内外の外部の法律事務所と広範なネットワークの輪を構築しながら、依頼者の要請に応えられるような態勢を整えてまいりたいものと考えています。ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願い申し上げます。
プロフィール
狛 文夫(故人)
当事務所は質の高い実務を希求し、依頼者のために尽力する、グローカルな普遍性と独立性と協調性とが適宜発揮できることを共に目指すことができるような仲間の参加を求めて行きます。
著書・論文
・「M&Aに関係する改正独禁法の概要」『MARR』(共著、株式会社レコフデータ、2009年9月号)
・『カルテルとリニエンシーの法律実務』(編著、商事法務2008年)
『クロスボーダーM&Aの実務』(共著、中央経済社、2008)
・『e―ビジネス』(共著、東洋経済新報社、2000)
・『日本版リバース・モーゲージの実際知識』(共著、東洋経済新報、1998)
・『株主代表訴訟―問題と対応』(東洋経済新報社、1998)
・『Directors Liability』(Euromoney、1992)
・『タックス・ヘイブン対策税制について』(共著、第一法規、1982)
・『事例研究タックス・ヘイブン対策税制について』(財経詳報社、1979)
講演
・「外国の問題解消措置について」競争法フォーラム(2016年2月)
・「Remedies」(ICN垂直規制ワークショップ[ブリュッセル開催](非政府アドバイザー兼スピーカー)(2015年10月)
・「他の諸国の独禁法のエンフォースメントについて:日本・インド・香港及び中国」
『Kuwer Law Conference for In -house Counsels Japan: Global Competition Law Forum』
(パネリスト、モデレーター、2015年5月)
・「APPA(垂直的取引)」『ICN第17回年次総会(シドニー開催)』 (非政府アドバイザー(NGA)、スピーカー、2015年4月)
・『ICN台北カルテルワークショップ』(非政府アドバイザー(NGA)、スピーカー兼モデレーター、2014年10月)
・『The 8th Seoul International Competition Forum』(参加者、2014年9月)
・『ICN第15回年次総会(ワルシャワ開催)』(非政府アドバイザー(NGA)、2013年4月)
・「EU及びドイツ競争法 最新動向と基礎知識」講師
デュセルドルフ日本本商工会議所主催セミナー(2014年7月)
・「ホテルのアライアンス戦略」パネルデイスカッション(パネリスト)(2013年12月)
・「独禁法の実務について」(2012年)
立命館大学法科大学院(東京セミナー特別講師)
弁護士会・その他の団体の所属
・1977年 第一東京弁護士会登録
・1984年 ニューヨーク州弁護士登録
・2012年 NPO法人DO55理事長就任*
・2015年 競争法フォーラム理事就任
・2015年 早稲田大学商議員就任
(*なお、NPO法人DO55は、東日本大震災を契機に東北三県支援のために除染・物品販売・植林等の活動のボランテイアを続けている団体です。)
学歴
・1971年 早稲田大学政治経済学部卒業
・1982年 アメリカ合衆国ワシントン大学法学修士課程(LL.M.)卒業
職歴
・1974年 司法試験合格
・1975年~1977年 最高裁司法研修所司法修習生
・1977年 西村・小松・友常法律事務所入所
・1981年 小松・友常法律事務所パートナー就任
・1982年 ニューヨーク市ローファーム勤務
・1983年~1984年 Fuji Photo Film USA Inc. ジェネラルカウンセル
・1984年 小松・狛法律事務所
・2002年 あさひ・狛法律事務所
・2007年 東京青山・青木・狛法律事務所 ベーカー・アンド・マッケンジ―法律事務所プリンシパル(インターナショナル
パートナー)就任
・2016年4月 狛・グローカル法律事務所創設
・2017年5月27日 逝去
グローカルの名前について(狛弁護士による説明)
「グローカル」の語は、「グローバル」と「ローカル」の語を合成した造語です。一般的には、「地球規模の視野で考え、地域視点で行動する(Think globally, act locally)」ことが特にグローバルな国際的販売戦略上必要だとする用語だと理解されているようです。1980年代に、日本の経済学者が使用した用語である「土着化」という言葉を英訳したものであると欧米では理解されています。1997年に社会学者のローランド・ロバートソン氏により同語が造語されたといわれています。その後世界的に「グローバル化」が意識されるに伴い、この語は広く世界に普及しました。然し、その意味するところは、国際的な販売戦略に限定されるものではありません。また、日本に伝来する美術工芸品が大好きな本人としては、その支援に関して全面的に賛成ではありますが、2016年より文化庁の管轄でスタートしているグローカル文化事業のように、日本の美術工芸品を海外の人々に宣伝することだけがグローカル事業ではありません。
例えば、「グローカル」の語の普及に功績のある上記ロバートソン氏によれば、「グローカリゼーション」とは「普遍化と特殊化の同時進行(同時存在)する性向」をいうとしています("means the simultaneity-the co-presence of- both universalizing and particularizing tendencies.")。この定義からしても、必ずしも国際的なマーケテイング用語としての意味のみで使用されているわけではないことが分かります。同氏の場合は、広くグローバル化の社会的現象の分析のための用語として使用しようとしていること明らかです。
当事務所がこの名前を採用したのは、「グローカル」という合成語には、21世紀初頭の国際秩序の考え方のいわば「潮の香り」が強く出ている言葉であるからです。何故かと言うと、「グローバル」とか「ローカル」とか、「グローカル」と言う言葉が、世界的な問題を提起している問題に使用されているのに、近現代の国際秩序の中の権利義務の主体とされている主権国家のにおいを極力消そうとしている言葉だからです。もはや「インターナショナル(国際関係)」という言葉(その元々の意味は、主権国家と主権国家との関係)で語られるのではなく、国家のにおいのしない、「グローバル」と「ローカル」の関係として表現されることが多いのです。
これには5つの背景が考えられます。
第1に、21世紀に入り、これからの人類社会の多くの問題が、国家という枠ではなく、むしろ地球規模の問題と必ずしも国家でないローカルとの関係で語られなければならないという現実があること。(具体例としては、地球温暖化、先進諸国の少子高齢化とその他の国の人口爆発《難民問題も含む》等の問題)、
第2に、情報のデジタル化とインターネットの発達とモバイル端末の個人化による、文字、画像、動画等の送受信のこうした個人化した端末間での直接の交換(媒体という物の国境を境とする輸出入を伴わない)が可能となり、世界的に国家が管理することの難しい情報環境の世界一体化ができつつあること。
第3に、90年代に始り21世紀に全開した旧ソ連の崩壊を主原因として、世界単一の市場がかなりはやい速度で形成されていったこと。
第4に、通貨同盟により21世紀初頭の前後に現実化したEUは通貨同盟にいたらない国を含めて28ヶ国に及び世界最大の市場を形成しています。これまでに、EUにおける立法政策は、大きな影響を実際の国際法の実務に影響を与えてきました。通貨同盟はまだないものの、昨年から大きな舵をEUと同じ方向に切ったアセアン連合(AEC)等、どこの地域でも、国家を超えた地域の関税同盟又は国家連合の案が検討され、こうした案がない地域を探すことは今や難しいこと。(今や消費市場の大きさが国際的影響力の一つの目安になりつつあり、その影響力が個々の商取引を扱う法律実務にも変化をもたらしています。)
第5に、詳しいことは省きますが、1980年代から「西側」で影響力を増した新古典派の経済学者が、規制緩和及び減税推進のために謳った警察国家的な主張の影響が強かったことと、旧ソ連崩壊後、その経済思想の影響が。その空白を埋めるように旧ソ連圏や当時「第三世界」といわれた地域にひろがったこと。
但し、上記のことを「潮の香り」と表現しましたのは、実際の法律実務上は上記のイメージとは異なり、主権国家が制定する法律と、主権国家が締結する条約が、厳然と存在し、これに従わなければ、何も進まないのが現実の21世紀の法律実務であることも、忘れてはならないからです。
もう一つ「グローカル」につき興味深いのは、今世紀は、人類社会にとって、「ローカル」が肥大化して、「グローバル」を超えて、宇宙の各地が「ローカル」と意識されることになる最初の世紀ではないかと思われるのです。即ち、これまで「ローカル」が地球の内部であった時代から、「ローカル」が地球の外部に認識される最初の世紀になるのかもしれません。その時、「グローバリゼーション」とは、地球外の地の「地球化」を意味する言葉に転換し、「グローカリゼーション」は、地球外の「地球化された宇宙基地」に発生した文化の地球の文化への影響を指す言葉になっているかもしれないのです。(因みに、「グローバル」の語は、もともと「球(たま)」を意味するラテン語のGlobelが語源で、それが転化して地球全体を意味するようになったのです。広大な宇宙の暗闇に孤立して浮かぶ球形の閉鎖的な体系のようなイメージです。(換言すれば、地球儀のイメージであって、メルカトールの世界地図のイメージと異なるのです。)また、表音文字のカタカナで翻訳しているつもりになっている日本と異なり、中国語の訳である、「全球化」(グローバリゼーション)、「在地化」(ローカリゼーション)及び「全球在地化」(グローカリゼーション)は、英語の訳語として、その球形の中の一部の地域がイメージできる点で、またその球形の外に宇宙がイメージできる点で、より正確な意味(もしくはイメージ)を伝えているように思われます。ここにも、21世紀の香りと響きを感じてしまうのは、実務家にあるまじきSF的妄想でしょうか。)
然し、この言葉を当事務所の名前の一部に選択しました本当の理由は、法律実務の最後に検討すべきことをいつも思い出させる当事務所の警句にしようとの意図があります。英語の「グローバル」と「ローカル」を対(つい)にして使用すると、広い一般的な意味で、前者は「ものごとの全体」を、「後者」は「全体の一部を構成する要素」を指す言葉でもあるのです。即ち、後者が前者の部分集合だということです。当事務所にとっては、実際の業務を処理する際のモットーとして、「木を見て森を見ず」「森を見て木を見ない」という法律実務でよくある間違いを常に思い出させてくれる警句が、「グローカル」という言葉でもあるのです。その意味でも、少なくとも当事務所では、Think locally, act globallyもThink globally, act locallyと同様に「グローカル」の一部なのです。(因みに、当事務所の中国名は、「狛・全球在地化法律事務所」といたしました。)